代表:寺村 淳(東京大学法学部卒、元日本製鉄勤務)
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権利非放棄条項「No Waiver Clause」は、少しわかりにくい条項です。英語の場合はももちろんですが、日本語を読んでも、一体何を言いたいのかがすぐには理解できない、そんな感じです。
では、条項例を見てみましょう。
1. No failure or delay of either party to require the performance by the other of any provision of this Agreement shall in any way adversely affect such provision after that.
2. No waiver by either party of a breach of any provision of this Agreement shall be taken to be a waiver by such party of any succeeding breach of such provision.
{1. 当事者のいずれか一方が相手方による本契約のいずれかの規定の履行を要求せず、またはその要求が遅れても、そのことは、その後その規定にいかなる意味でも悪影響を及ぼさないものとする。
2. 当事者のいずれか一方が相手方による本契約の規定の違反に対する権利を放棄しても、その後の同じ規定の違反に対する権利を当該当事者が放棄したと見なされないものとする。}
まず、この条項の意味を解読しましょう。
第1項は、甲さん(債権者とします)が乙さん(債務者とします)に対し、Aという義務の履行の要求を行わなかった場合の定めです。
そして、甲さんが、あるとき、Aという義務の履行請求を乙さんに行わなかったからといって、未来永劫、そのAという義務の履行請求をしないわけではない、そういう意味です。
乙さんとしては、あるときAという義務を免除されたのだから、次もきっと免除してくれるだろう、と期待しても無理はないかもしれません。
例えば、ある商品は本来プラスティックの箱に入れて納めよ、と定められていたにもかかわらず、乙さんがあるとき納入した商品は、紙の箱に入っていたとします。
甲さんとしては、急いでいたこともあり、仕方なく、紙の箱で我慢したとしましょう。
このような状況で、次に納入する際、乙さんとしては、
「もう紙の箱でいいんだ。だって前回受け入れてくれたじゃん」
と思いたいでしょう。
しかし、甲さんとしては、前回は仕方なく目をつぶって我慢しただけのことで、それを普遍化されても困るわけです。
そのような甲さんの立場を考慮した規定が、この「権利非放棄」条項なわけです。
次に第2項についてです。
第2項も第1項と同じようなことが書いてありますが、第2項では、乙さんの違反をとがめる権利を放棄したとしても、乙の以後の違反(再犯ですね)を許したわけではない、ということです。
上の例でいけば、乙さんが箱に入れてこなかったことについて、「箱に入れてこい!」と主張しなかった場合が第1項の場合であり、「箱に入れてこなかったならその分賠償せよ」と主張しなかった場合が第2項の場合です。
あるいは、乙さんが秘密情報を無断開示したような場合、甲さんが最初は大目に見てあげたとしても、次からは差止命令や損害賠償を請求する権利は失わない、ということを規定しているわけです。
このようなことをなぜわざわざ規定するのか。
それは、契約当事者を縛るものとして、契約以外に、業界や当事者間の「慣習」あるいは「慣行」というものがあるからです。
契約が成立した後、当事者間に上記のような「箱で納入する」という方法が定着し、プラスティックでの納入はされたことがない、そのような状況になった後、相当な期間が経過した後、いきなり甲さんが、「次回からはプラスティックで納入せよ」と言い出したら、乙としては心外でしょう。
もう、紙で良い、という信頼が生じているからです。
そこで、そのような信頼を保護するため、当事者間に紙で納入するという暗黙の了解が成立したと認められるような場合には、もはやプラスティックでの納入を請求することは出来ない、そのような慣行が成立している、そう解釈される可能性が高いと言えます。
この条項は、そのような慣行が認められることを極力排除しようとするものです。
甲さんが一旦「温情」で権利行使を控えたにもかかわらず、恩をあだで返すような態度を取り続けた乙さんが有利になってしまわないよう、あくまで、甲は最後まで契約文言どおりの権利を持っていることを明記しているのです。
ただし、この規定があるからと言って、100%甲が保護されるとは限らないと思います。
権利非放棄条項があっても、同じ状態が長らく続き、当事者間にしっかりとした慣行が出来てしまったと認定できるような場合は、本条の有無に拘わらず、慣行として認定されることもあると思われます。
従って、甲さんとしては、仮に権利を行使しないとしても、きちんと文書でその旨を伝えておく、また、何回にもわたって権利の不行使を続けないこと、が必要と考えられます。
あるいは、もし「紙の箱」でも良いのであれば、その分仕入れ値を安くする事ができるかもしれませんので、その旨書面で合意してしまったほうが良いかもしれません。
いずれにせよ、放っておくことは好ましくないと言えましょう。